人の幸せは、数字で測れません。
友達が多かろうが少なかろうが、
幸せになる人はなる。
不幸な人は、友達が増えても減っても不幸なの。それを分けるのが、
目の前にいる「いい人」を
どれだけ大事にできるか、なんです。すぐそばにいる「いい人」のことも
大事にできないようでは、
他の誰に対しても愛を出せないし、
幸せにはなれません。そしてそれ以上に近いのは、
自分自身です。
結局、どこからなにを論じても、
自分自身がいちばん大切な存在だってことだよな。あなたのいちばんの財産は自分自身であり、
幸せのカギは、自分が握っている。本質は、
いつだって自分にあります。― 斎藤一人
自分軸で生きるというのは、
正しさの話ではありません。
もっと静かで、
もっと「個人的」で、
心に響くものです。
私は、
自分軸で生きるということは、
愛で生きることだと思っています。
自分の愛で
自分を愛しながら生きること。
自分を愛することができたら、
愛はどういう感覚のもので、
その愛をどう表現するのが心地よいのか、
うれしいのか、
そういうことがよくわかるんだよね。愛って、理屈じゃない。
自分で体感してこそ理解できる感情です。自分を愛し、
愛がどういうものかわかると、
自然にその愛が
周りにも向けられます。人が喜ぶ、
心地よい表現、
さりげない形で
愛が出せるんだよ。― 斎藤一人
一番大切なことは
まず自分を愛すること
自分を喜ばせること
自分を気遣い優しくすること
なのに
私たちは、
学校でも教えられず、
親からも教えられず、
「人からどう思われるか」
「いい人でいること」
ばかりを学んで、大人になります。
自分は何が好きなのか
何をしていると心が動くのか
何が喜びなのか
そういうことを、
知らないまま生きている自分に気づく。
自分を愛するということ
なんどもなんども聞いた言葉。
自分を愛するということ。
それがわからない。
それができない。
そう感じている人も、
きっと少なくない。
愛するとは、どういうことなのでしょう。
大切にすること?
認めること?
受け入れること?
そう言われても、
どこかしっくりこない。
きっとそれは、
愛が「何かをすること」だと
思われてきたからなのだと思います。
でも、
愛は本当は、
何かを足すことでも、
変えることでもない。
何もしないのが愛。
ただそのままにして
ただ、受け止める。
ただ、認める。
裁かない
正そうとしない。
それが許しであり、
それが愛。
なぜ、私たちは
何もせずにそのままの自分を
受け入れることができないのか。
何もせず、
ただ在る。
ただ感じる。
それだけのことが、
なぜかとても難しく感じられる。
それは、
私たちの中に
たくさんの観念があるからなのだと思います。
こうあるべき。
こうでなければならない。
ちゃんとしていなければいけない。
前に進まなければ意味がない。
そうした観念が、
何かを感じる前に、
何かを変える前に、
まず「ジャッジ」を入れてしまう。
いいか、悪いか。
正しいか、間違っているか。
足りているか、足りていないか。
常に判断し、
悪いものはなくそうと抑え込み、
間違っているものは正そうとしてしまう。
そのままでいい、
これが何より難しいと感じるのは
あなただけではありません。
すべての感情は
神が与えてくれた必要なもの
そしてそれらに流されるのではなく、
しっかり感じて
自分で行先を決める。
それが自分軸で生きるということ。
そのままの自分で生きる
自分軸で生きることが、
特別な生き方なのではありません。
何かを手に入れることでも、
立派になることでもない。
ただ、
一人さんが何度も伝えてくれているように、
そのままの自分で生きること。
それだけのことなのだと思います。
すべての感情も、
未熟さも、
迷いも、
弱さも含めて、
そのままの自分で生きる。
魂の成長
そして学びが
今ここにいる
そのままの自分に、
全てある。
私たちはみな
そのままで神。
その神である自分を
そのまま受け止め
そのまま愛することに
魂の学びがある。
▶そのままの自分を受け入れ愛する
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